昨日(5月19日)は二国の『椿姫』を見てきました。前回のヴィオレッタがパトリツィア・チョーフィ、ジェルモンがルーチョ・ガッロ、その前の上演ではエレーナ・モシュクなんかも登場していた、ある意味二国の看板メニューですね。ルーカ・コンローニの正当派の演出は多くの聴衆の支持を得ていたように思うんですが、今回は新演出での上演です。
ヴァンサン・ブサールの演出に関しては賛否両論喧しい限り。江川紹子はツイッターでぼろくそにけなしていたとかって話ですが、私は面白かったですね。舞台上は最小限の道具立て、というかプレイエル(?)のピアノが一台だけ。たぶん
こんなモデル[LINK]。(訂正:違ってた。エラールですね。
こんな形[LINK]で、象眼が施されていました。)これが華やかな夜会のお立ち台になり、書斎のデスクにもなり、ヴィオレッタの死の褥にもなる。舞台の背景に巨大な鏡。床も鏡。登場人物の姿を上下左右からくまなく映し出します。二人が客席から見て前後に向き合っている場合でも、どこかの鏡に後ろ向きの人物の顔の表情が映ります。無理に正面を向く必要がないため、自然な演技や動作が可能になります。それとライティングもうまかったな。主役にベタにスポットを浴びせるんじゃなくて、正面を向いて歌っていても、顔に陰影があってごく自然。
衣装がきれい。女性陣も取り立ててデーハーな色使いの衣装ではないんですが、シックな色合いが舞台全体の色彩を落ち着かせていました。男性は基本的に燕尾服かフロックコートですが、これも実に洗練されたフォルム。落ち着きのある華やかさを引き立てていたと思います。夜会のシーンでは背景の書き割りがオペラ・ガルニエの内装。これが鏡に反射してゆがんで見えたり、あるいはアルフレードがヴィオレッタに札束を投げつけるシーンでは、建前上の世界観・価値観が崩壊していくのを象徴するかのように、書き割りが後ろに倒れ、ぽっかりと虚無の世界が姿を現します。
ヴィオレッタとアルフレードの愛の巣では、中空にぶら下がったパラソルと、ホリゾントに描かれたカモメの群れ。パラソルは何となく『失われし時』を暗示しているのかな。カモメはプロヴァンスかな。
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